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ダーク・シュレヒター

GAMMA RAYにおける、カイ・ハンセンの右腕的存在。当初はギタリストとして参加していたが、96年からベーシストにスイッチ(もともとGAMMA RAY加入以前はベーシストだったそう)。そのため当時のリズム・セクションが脱退する結果に。いずれにせよ、GAMMA RAY唯一のオリジナル・メンバーとして重要な存在である。


ダイムバッグ・ダレル

かつては「ダイアモンド・ダレル」と名乗っていた、PANTERA〜DAMAGE PLANのギタリスト。ザクザクしたヘヴィで攻撃的なトーンと、機械の如く正確なプレイを誇り、若い頃は全米のギター・コンクール荒らしとして知られるほどの存在だった。しまいには出場を申し込んだコンテストの側から、「審査員として参加してくれ」と言われたという逸話の持ち主。2004年12月8日、DAMAGE PLANのライヴ中に、会場に乱入して来た男に射殺されるという衝撃的かつ悲劇的な最期を遂げた。


ダグ・アルドリッチ

LION〜BAD MOON RISING〜BURNING RAINのアメリカ人ギタリスト。ブリティッシュ・ハード・ロックに影響を受けた速弾きプレイと、シャープなルックスで、日本ではギター・ヒーローとして高い人気を誇った。2000年代に入り、DIOやWHITESNAKEといった大物バンドでプレイするようになる。


ダニー・ボウズ

THUNDERのヴォーカリスト。乾いたソウルフルな歌声と、抜群の歌唱力の持ち主。イギリス人ならではの陰があって、フロントマンとしてはやや華に欠ける印象も…。


ダフ・マッケイガン

GUNS N' ROSESのオリジナル・ベーシスト。バンド一のパンク・アティテュードの持ち主。


ダン・リルカ

攻撃的なベース・プレイを関しては右に出る者のない、ANTHRAX〜NUCLEAR ASSAULT〜BRUTAL TRUTHのベーシスト。決して丸くなることなく、常にエクストリームな音像を追求しようとするアティテュードによって、マニアの間ではカリスマ視される存在。


チャック・シュルディナー

フロリダのスラッシュ/デス・メタル・バンド、DEATHを率いたヴォーカリスト/ギタリスト。DEATH初期は単なるスラッシュ・メタル・バンド群のひとつに過ぎなかったが、実質的にチャックのソロ・プロジェクトとなってからは、アルバムごとに技巧派の優れたメンバーを揃え、暴虐な中に彼のルーツである正統派HM由来の叙情も織り込んだ、テクニカルなスラッシュ/デス・メタル・サウンドを展開し、カリスマ的な支持を得た。1996年からはCONTROL DENIEDという正統派HMプロジェクトも平行して進めていたが、2001年、脳腫瘍のため、34歳の若さで亡くなった。「デス・メタル」という言葉の名付け親としても知られる。


チャーリー・バウアファイント

サシャ・ピートと共にANGRAを手がけたのを皮切りに、BLIND GUARDIAN、RHAPSODY、HAMMERFALLからHELLOWEENまで、ヨーロピアン・メタル界きっての売れっ子プロデューサーとして活躍する人物。


チャーリー・ベナンテ

ANTHRAXのドラマー。スコット・イアンと共にバンドの中心的存在である。ANTHRAXの強烈なビートの源。


ティム・オーウェンズ

通称"RIPPER"。アメリカはオハイオ州の正統派パワー・メタル・バンド、WINTERS BANEや、JUDAS PRIESTのカヴァー・バンドBRITISH STEELで活動していた。96年、ロブ・ハルフォードの後任としてJUDAS PRIESTに加入し、一躍有名になる。JUDAS PRIESTのカヴァー・バンドで歌っていた若者が、一夜にして当のJUDAS PRIESTのフロントマンに…というシンデレラ・ストーリーは「ロック・スター」という映画のインスピレーションにもなった(内容的な問題から、当初この映画に関わる予定だったJUDAS PRIESTはこの映画とバンドとの関係を認めていない)。ただ、シンデレラは王子様と結婚して物語は終わったが、当然彼には「加入後の日々」、というものがあった。「JUGULATOR」「DEMOLLITION」という2枚のスタジオアルバム、および2枚のライヴ・アルバムにおける彼の歌唱に対する評価は高かったが、実際アルバムは売れず、ライヴも観客動員も悪かった。それは彼だけのせいではなかったと思われるが、彼にロブ・ハルフォードほどのカリスマ性がないことは衆目の一致する所だった。作曲には一切関われず、レコード会社には売れない「戦犯」扱いされる日々は針の筵だったと思われる。2003年ロブ・ハルフォードの復帰に伴いバンドを離れ、ICED EARTHに加入。


ディーン・カストロノヴォ

パワフルかつテクニカルなドラミングに定評のあるセッション・ドラマー。BAD ENGLISHや、HARDLINEなど、ニール・ショーン絡みのプロジェクトに参加していることが多い。オジー・オズボーンのバンドに参加したこともあったが、あまりに手数の多い、目立つプレイをしたため、オジーの癇に障ったようで、すぐ解雇された。その後再結成JOURNEYからスティーブ・スミスが脱退した後の後任となり、結局ニール・ショーン関連の仕事がメインになっている。


デイヴ・エレフソン

MEGADETHのベーシスト。デイヴ・ムステインと同名であるため、区別するために「ジュニア」と呼ばれる(本人はこの呼び方を必ずしも快く思っていないようだ)。確実なベースのテクニックと、整ったルックスの持ち主。デイヴ・ムステインの右腕として、バンドの中核を担った。


デイヴ・マーレイ

IRON MAIDENのギタリスト。ハムバッカーを搭載したストラト・キャスターによる、独特の太く、暖かみのあるトーンに定評がある。その控えめな人柄もあり、スティーヴ・ハリスの信頼も厚い。


デイヴ・ムステイン

MEGADETHの中心人物。攻撃的なギター・プレイと、上手いとは言いがたいが、非常に個性的なヴォーカルでバンドの個性を決定付けている孤高のカリスマ。元々はMETALLICAのギタリストであり、ジェイムス・ヘットフィールドにギターを教えたのは彼だという。METALLICAの1st、「KILL EM ALL」に収録された曲のリフの大半は彼の作によるもの、というほどバンドに深く関わっていたが、深刻なドラッグ問題でMETALLICAを解雇され、MEGADETHを結成した。初期のプレスのインタビューではMETALLICAを攻撃するような発言を繰り返していたため、刺々しい人物という印象が強い。


デイヴ・メニケッティ

70年代、YESTERDAY & TODAYというバンドのリード・ヴォーカリスト兼ギタリストとしてデビューした、カリフォルニア出身のミュージシャン。80年代に入ると、バンドをY&Tと改名。名曲の誉れ高い「Forever」などによって高い評価を得る。Y&Tは90年に一度解散するが、その後再結成してアルバムを発表している。ソロ・アルバムもあり、そのエモーショナルなヴォーカルと、ブルーズをルーツに持つ、熱い泣きのギターに心酔するマニアは多い。


デイヴ・リー・ロス

VAN HALENのヴォーカリストにして、究極のハードロック・エンターテイナー。テコンドー仕込みといわれる華麗な空中キックをはじめとするアクションで、VAN HALENのステージをダイナミックに彩った。歌は上手いとは言いがたいが、そのややダミ声気味のワイルドな歌唱は、いかにもアメリカンな感じでVAN HALENの音楽にはよく合っていた。VAN HALEN脱退後はソロとして活動。通称ダイアモンド・デイヴ。


デイヴ・ロンバード

SLAYERのドラマー(一時期脱退)にして、最強のスラッシュ・メタル・ドラマー。人間業とは思えない高速の2バス・プレイはまさに超人的。


ティモ・コティペルト

4作目のアルバム「FOURTH DIMENSION」より加入したSTRATOVARIUSのヴォーカリスト。いかにも北欧的な透明感のある声と、独特な節回しでSTRATOVARIUSの音楽世界を表現するのに無くてはならない存在であるが、高音域でひっくり返りそうに聴こえる歌唱ゆえに、日本では評価が低いが、欧州・南米では高い評価を得ているフロントマンである。独特の大仰なステージ・パフォーマンスも印象的。


ティモ・トルキ

STRATOVARIUSのギタリストにして中心人物。当初はヴォーカリストも兼ねていた。ネオ・クラシカル系の速弾きプレイと、ストラクチャーのハッキリした曲作りが特徴。初期のインタビューにおける、イングヴェイやHELLOWEENからの影響を否定する不遜な発言で、もともと性格は問題視されていたが、97年、BURRN!誌のアルバムに対するレビューにFAXで抗議した件で、日本では一躍悪名高い存在になった。幼少時に父親が自殺したことが心の傷となり、人格を不安定にしてしまったようで、自己啓発セミナーから精神病院まで、様々なセラピーを受けているようである。その後も様々な騒動を巻き起こし、STRATOVARIUSを解散(しかし残ったメンバーが継続)、REVOLUTION RENAISSANCE など、新しいプロジェクト/バンドで活動する。


デイヴィッド・カヴァデール

イアン・ギラン脱退後の第3期DEEP PURPLEに参加、DP解散後は自らのバンドWHITE SNAKEで活動。セクシーな太い声と、ポール・ロジャースを思わせるソウルフルな歌唱が特徴だったが、大ヒットした87年の「WHITE SNAKE(SERPENS ALBUS)」では、ロバート・プラントを思わせる高音シャウトを多用して「物真似」との批判を浴びたりもした。とはいえ、いずれにせよ優れたシンガーであることは間違いない。DP加入当時は眼鏡をかけ、小太りで顔はニキビの痕だらけ、というフロントマンとしての適性を疑われるようなルックスだったらしいが、「磨かれた」結果(整形もしたらしい)、WHITESNAKE時代には腰をくねらせるセクシーなパフォーマンスがトレードマークのセックス・シンボルとなるほど垢抜けた。


デヴィッド・バイロン

URIAH HEEPの初代ヴォーカリスト。ハイトーン・ヴォイスの持ち主。1985年、38歳の若さにして肝臓障害で病死。


デヴィッド・ブライアン

BON JOVIのキーボーディスト。ジュリアード音楽院卒、という経歴は詐称だったようだが、優れたキーボード・プレイヤーであることは間違いない。


デヴィン・タウンゼント

カナダのバンクーバー出身。いわゆるHR/HM的なサウンドの他に、インダストリアルやアンビエント、ノイズといった先鋭的な音楽の影響を受け、ギタリストとしてアンダーグラウンドで音楽活動をしていたらしい。93年にスティーヴ・ヴァイがVAIというバンド名義で発表した「SEX&RELIGION」にヴォーカリストとして抜擢され、一躍脚光を浴びる。その後、様々なミュージシャンとの共演、ゲスト参加などを経て、自身のプロジェクトSTRAPPING YOUNG LADを開始。セカンド・アルバム「CITY」における驚異的なまでにヘヴィでありながら緻密な音作りによって評価を確立する。その後OCEAN MACHINEやINFINITYなど複数のプロジェクトによるアルバムを次々と発表、その音楽性を一層深化させていく。最近はプロデューサーとしても有名。


テッド・テンプルマン

70年代にはDOOBIE BROTHERSのプロデューサーとして、80年代以降はVAN HALENのプロデューサーとして有名な人物。いかにもアメリカンな、カラッとしたダイナミックな音作りの名手。


テッド・ニュージェント

60年代から活動する、野性派の巨漢ロッカー。野人のごとき風貌のイメージ通りのパワフルで奔放なギター・プレイを聴かせる。60年代にAMBOY DUKESなるサイケデリック風味のハード・ロック…というかガレージ・ロック・バンドでデビュー、そこそこの成功を収め、70年代に入ってソロ・デビュー。アホらしいまでにパワフルで陽気なアメリカン・ハード・ロックで人気を博し、「Cat Scratched Fever(邦題:傷だらけの野獣)」などのヒット曲を放つ。当時のアルバムの邦題は、『閃光のハードロック』『ハード・ギター爆撃機』、そして曲の邦題は「炎の突撃隊」「命がけのロックンロール」…彼のイメージをいいことに担当者はやりたい放題である。また、これまたイメージ通りながら、狩猟と探検をこよなく愛している。探検好きが嵩じて、ライヴに大遅刻、滞在先のニューギニアからオーディエンスの待つ会場へ直接ヘリで乗りつけた…という、まことしやかな伝説をもつ。89年には元NIGHT RANGERのジャック・ブレイズ、元STYXのトミー・ショウと共にDAMN YANKEESを結成、ここでも良質なアメリカン・ハード・ロックを聴かせた。アメリカでは押しも押されもせぬロック・アイコンだが、日本での認知はさほどでもない。あまりにアメリカンすぎる存在感ゆえか。


デニス・ストラットン

IRON MAIDENのファーストに参加していたギタリスト。音楽性の違いでIRON MAIDENを脱退後、彼の産業ロック志向の音楽性がよく現れたバンドLIONHEARTで好盤「HOT TONIGHT」を発表。その後、いくつかのバンドでの活動を経て、再結成PRAYING MANTISに参加。


テリー・デイト

PANTERAを手がけるプロデューサー。PANTERAのブレイク以降、モダン・ヘヴィネス・サウンドの第一人者として、引っ張りだこの人気プロデューサーになった。硬質でありながら粘り気とグルーヴ感のある重量感に満ちたサウンド作りが印象的。


トゥーレ・オストビー

ロニー・ル・テクロの弟子でもあるノルウェー人ギタリスト。そのフラメンコの素養もある高度で複雑なギター・プレイには定評がある。CONCEPTIONで4枚のアルバムを残し、CONCEPTION解散後は元VAGABONDのヨルン・ランデとARKを結成。D.C.クーパーのソロ・アルバムに参加したりもしている。彼の音楽性は非常に高度だが、フュージョンの影響が強く、極めてプログレッシヴなため、一般的なHR/HMファンには難解かもしれない。


ドク・マギー

黄金期のBON JOVIやMOTLEY CRUEをマネージメントしていた伝説的マネージャー。80年代のHR/HMバブルの影の立役者と言われ、HR/HMバブルが弾けて久しい21世紀に入っても、マギー・エンターテインメントなる会社を設立し、アメリカのエンターテインメント・ビジネス界では大きな存在感を持っている…らしい。


トニー・アイオミ

BLACK SABBATHのギタリストにしてリーダー。リフ作りの天才。キャラクター的に地味なため、オジー・オズボーンに注目が集まりがちだが、BLACK SABBATHの音楽面を支えていたのは間違いなく彼である。ギタリストにも関わらず左手の薬指の第一関節から先がないのは有名。


トニー・ハーネル

ノルウェーのTNTに参加して有名になったアメリカ人ヴォーカリスト。TNTの初期においては、北欧風にトニー・ハンセンと名乗っていた。やや苦しげに聞こえるのが個人的にはやや気になるが、その透明感のあるハイトーン・ヴォイスの評価は高い。ルックスやファッションにも独特なセンスとこだわりが見受けられる。


トニー・マーティン

「THE ETARNAL IDOL」からBLACK SABBATHに加入したヴォーカリスト。フロントマンとしての華にこそ欠けるものの、ロニー・ジェイムズ・ディオを思わせる大仰な歌唱が様になるシンガーで、80年代の「様式美SABBATH」路線の素晴らしい完成度を支えることに貢献した。しかし、ロニー・ジェイムズ・ディオが復帰するといえば(実質)解雇され、ロニーがアルバム1枚で再離脱すればまた呼び戻され、今度はオジー・オズボーンが復帰するからとまた解雇される彼の人生は哀れみを誘わずにはいられない。BLACK SABBATHの顔となるには善人過ぎたのかもしれない。


トニー・マカパイン

「黒いイングヴェイ」という触れ込みでデビューした、黒人のネオ・クラシカル系ギタリスト。もともとピアニストとして正規の音楽教育を受けていたが、趣味として始めたエレクトリック・ギターで才能を発揮(むろんピアノの腕前も並々ならぬレベルである)。マイク・ヴァーニーの目に止まり、インストゥルメンタルのソロ・デビュー・アルバムが話題となる。一時期歌もののバンド・サウンドに取り組んでみたり、フュージョンやファンクを取り入れた音楽性にチャレンジしてみたりしたものの、注目を浴びることはなかった。2000年代に入り、マーク・ボールズのRING OF FIREに参加、再びネオ・クラシカルなプレイを聴かせた。


トミー・アルドリッチ

QUIET RIOTやオジー・オズボーンとの活動で知られるドラマー。コージー・パウエルと並び、HR/HM界を代表するドラマーの一人と言える。誰のライヴでも、どこのライヴでも、いつのライヴでも全く同じドラム・ソロを披露することでも有名(?)。


トミー・リー

MOTLEY CRUEのドラマー。そのパワフルでダイナミックなドラミングそのものもさることながら、豪快な性格と陽気なキャラクター、スティック回しの多用をはじめとした「魅せる」プレイで人気を集めた。「GIRLS GIRLS GIRLS」時代のドラム・キットごと空中を回転したショウは有名。女優のパメラ・アンダーソンと結婚したが、トミーの彼女に対する暴力がきっかけで離婚。パメラとのプライベートなセックス・シーンを撮ったビデオが裏ビデオ市場に出回り、そのヘビーメタルサンダーなイチモツが一部で話題となった(?)。MOTLEY CRUE脱退後、ヒップホップやクラブ・ミュージックの要素を取り入れたヘヴィ・サウンドをプレイするMETHOD OF MAYHEMを結成、ここではヴォーカルとギターを担当していた。メンバー間の問題でバンドが分裂すると、ソロ・アーティストとしてアルバムを発表する。


トム・キーファー

CINDELLERAのヴォーカリスト。デビュー当時、ハスキー・ヴォイスによるブルージーなシャウトと、肉厚の唇を持つルックスのため、スティーヴン・タイラーと比較されることが多かった。


トム・ズータウ

ジョン・カロドナーと並び、HR/HMファンの間で最も有名な敏腕A&Rマン。「ELEKTRA」在籍時にAC/DCのブレイクに大きく貢献、MOTLEY CRUEやDOKKENと契約し、ブレイクさせる。「Geffin」に転職後、GUNS N' ROSESと契約。実はエンヤやELASTICAなど、HR/HMとは無縁なアーティストも多く手がけている。


トレイシー・ガンズ

L.A. GUNSのギタリストにして中心人物。GUNS N' ROSESは、彼のL.A.GUNSと、アクセル・ローズが参加していたHOLLYWOOD ROSEの合体によって誕生したバンドなので、ある意味GUNS N' ROSESのオリジナル・メンバーであるとも言える。HM色の強いR&Rギターを弾く人。


ドン・エイリー

RAINBOW、オジー・オズボーン、WHITESNAKEなど、幾多のブリティッシュ(系)HRバンドを渡り歩いた職人キーボーディスト。


ドン・ドッケン

DOKKENのヴォーカリストにしてリーダー。アメリカ人にしては珍しくマイナー調のメロディ・センスに長けた、細めの声による繊細な歌唱が印象的。HR/HM版BAND AIDである「STARS」ではロニー・ジェイムズ・ディオに「もっとデカい声で歌え!」と叱咤されていた。ジョージ・リンチとの仲の悪さはまさに犬猿の仲という感じだが、性格に問題があるのはお互い様という感もなきにしもあらず。

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