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2000〜2002

21世紀に入っても、アメリカを中心とする「世界」において人気を博している「メタル」は、LIMP BIZKITやSLIPKNOT、SYSTEM OF A DOWNをはじめとする「NU METAL」であり、「ハード&ヘヴィなロック」といえば、90年代のグランジ/オルタナティヴの流れを汲む、現地では「ポスト・グランジ」と呼ばれたCREEDやSTAIND、3 DOORS DOWNといったバンドのことを指す、という見方が欧米においては一般的であった。

しかし、言葉は変わらずとも、その「NU METAL」や「ポスト・グランジ」と呼ばれるバンドの音楽性自体に顕著な変化が見られたのがこの時期である。簡単に言えば、「メロディが戻ってきた」のだ。

90年代は、80年代までであればおよそ商業的な成功が見込めないような、メロディやハーモニーといった音楽的にわかりやすい要素を排したアーティスト(それはよりリズム・コンシャスだったり、アグレッシヴだったり、アヴァンギャルドだったり、サウンドよりもミュージシャンのパーソナリティを重視したものだったり、スタイルは様々だったが)がメジャーのフィールドで成功する、ある意味懐が深い時代だった。

ただ、そういう音楽的冒険心が高く評価される一方で、80年代にもてはやされた大衆的なメロディ、キャッチーさというものが、前時代に対する一種の反動として過剰に「ダサいもの」として否定されるという歪みもあったことは事実である。

とはいえ、大衆性の復権の動きは、90年代後半からその萌芽は見られていた。端的に言うなら、LIMP BIZKITはKORNよりキャッチーだったし、CREEDはPEARL JAMよりもメロディアスだった。しかし、その流れを決定付けたのは、やはりLINKIN PARKのデビュー作、「HYBRID THEORY」だろう。

同作における、ヒップホップやインダストリアルの要素を大胆にフィーチュアしつつも、メリハリのある曲構成、メロディアスなコードの流れ、覚えやすいリフやコーラスのメロディを備えたサウンドが、2000年代を代表する爆発的なヒットを記録したことは、2000年代のヘヴィ・ミュージック・シーンの流れを決定付けたと言っても過言ではない。

その流れはロック・ミュージック全体にも当てはまる。この時期にデビューしたアヴリル・ラヴィーンのような、アイドル性があってキャッチーなロック・サウンドをプレイするアーティストが大ブレイクしたことは、アラニス・モリセットに代表される暗い歌を歌うオルタナティヴ系の女性ロック・シンガーが席巻していた90年代からの決別を象徴する出来事だった(両者ともカナダのオンタリオ州出身というのもまたよくできた話である)。

一方、当時アメリカのアンダーグラウンドで「ホットなヘヴィ・サウンド」としてもてはやされ始めたのは、既に日本のメタル・ファンの間では広く認知されていたスウェーデンをはじめとする北欧のメロディック・デス・メタル・バンドだった。IN FLAMESの「CLAYMAN」が2000年のカレッジ・チャートで年間1位を記録し、それに続く「REROUTE TO REMAIN」ではIN FLAMESの方からアメリカのヘヴィ・ロックに接近したサウンドを展開、SLAYERやSLIPKNOTのツアーに前座として起用されるなど、北欧のエクストリーム・ミュージックがアメリカで注目を集める走りとなった。

IN FLAMESやSOILWORKをはじめ、当時既に解散していたAT THE GATESの「SLAUGHTER OF THE SOUL」がこのタイミングで「発見」されたというのも、音楽がインターネットの普及によって地域や時間を超えるようになったことを象徴する出来事だろう。こうした北欧のメロディック・デス・メタル・バンドに、現地アメリカのハードコア・バンドが触発され、「メタルコア」という、2000年代アメリカにおける中心的なメタル・シーンが誕生する苗床となったことは、それ以前の自国至上主義のアメリカであれば考えられない、興味深い出来事だった。

欧州では引き続きパワー・メタル、ゴシック・メタル、ブラック・メタルなど、欧州ならではのスタイルを持ったバンドが人気を確立させ、NIGHTWISHやWITHIN TEMPTATIONのようなバンドはポップ・フィールド全体でもトップクラスの人気を博すなど、この時点でメタルは完全に復権していた。北欧のメロデスがアメリカに対する影響力を持ったことも含め、ある意味においてメタルの中心地はもはや欧州に移ったと言っても過言ではないだろう。

そして日本では、一部のマニアはそうした欧州のバンドを支持する(特にパワー・メタル系のバンドは「メロパワ」「メロスピ」などと呼ばれ、インターネットなどを通じて支持を広げていた)新世代のファンも現れつつあったが、一般にHR/HMファンとされるのは80年代〜90年代初頭にデビューしたオールド・ファッションなHR/HMを頑なに支持する層であり、LINKIN PARKやSLIPKNOTなど、「新しいヘヴィ・ミュージック」を支持する層に比べ、「ダサい」と見られる残念な風潮が続いていた。


◆参考作品

LINKIN PARK / HYBRID THEORY

先進的なNU METALサウンドにキャッチーな哀愁のメロディを導入し、2001年から2002年にかけて大ブレイク。アメリカだけで1000万枚、全世界で2500万枚以上を売り上げる、2000年代を代表する大ヒット・ヘヴィ・ロック・アルバム。

SLIPKNOT / IOWA

デス・メタルからの影響を隠さない憎悪に満ちた凶悪なブルータル・サウンドは、彼らがトレンドに乗って登場したNU METALとは次元を異にする、真性のメタル・バンドであることを証明した。

QUEENS OF THE STONE AGE / SONGS FOR THE DEAF

元KYUSSのジョシュ・オム率いるストーナー・ロックの代表格。デイヴ・グロールの参加もあってアメリカでゴールド・ディスクを獲得、全世界で100万枚を売り上げ、この手のサウンドの浸透に大きな影響力を持った。

IN FLAMES / REROUTE TO REMAIN

本作の路線には賛否両論があるが、欧州のバンドがアメリカへ進出する先鞭をつけたこと、そしてメタルコアという、2000年代を代表するメタルのジャンルの誕生に与えた影響を考えると、やはり当時の彼らの存在は歴史的に重要な意味を持つ。

WITHIN TEMPTATION / MOTHER EARTH

インディーズからのリリースにもかかわらず、母国オランダでは1年以上に渡ってチャートイン。その他の欧州各国でもチャート上位にランクインし、メタルがポップ・チャートの上位に入ってくるのが当然という2000年代の「常識」に先鞭をつけた。

SONATA ARCTICA / SILENCE

メロディック・スピード・メタルというジャンルは元々日本では根強い人気があったが、この時期は一種のムーブメントと呼びたくなるほどの勢いがあった。日本におけるそのムーブメントを代表するバンド、アルバムといえるだろう。

MONGOL800 / MESSAGE

Hi-STANDARDが切り拓いたジャパニーズ・パンクの、大衆化という意味での到達点。必ずしも売れ線を狙った作品ではないが、結果として若者がパンクをJ-POPの一種として自然に認知するほどの大ヒット作となった。



2003〜2004

03年以降、音楽的にHR/HMに通じる、あるいはHR/HM的な要素を持つサウンドがロック・シーンに戻ってきたことを実感させられる機会が多くなる。

イギリスでデビューと同時に、ブレア首相(当時)までもがファンと公言するほどの国民的人気を博したTHE DARKNESSは70年代ハード・ロックのサウンドを甦らせていたし、一般的には「UKロック」の括りで捉えられていたTHE MUSEも、極めてHR/HM的な要素の強い「ABSOLUTION」を大ヒットさせた。

アメリカでこの時期大ヒットしたEVANESSENCEも、基本的にはNU METAL的なサウンドをベースにしつつも、エイミー・リーによる叙情的な歌メロをフィーチュアしたそのサウンドは、古典的なHR/HMのファンにも支持され、また本人たちもSCORPIONSやQUEENSRYCHEなどからの影響を公言していた。

HR/HMからの影響を公言するという意味では、アメリカのパンク系バンドの中には90年代からHR/HMへの思い入れを公言し、カヴァー曲などを発表するバンドも少なくなかったが、このジャンルにおける代表的な人気バンドのひとつであったSUM41はアルバムに(パロディ的なニュアンスではあるが)「モロにメタル」な楽曲を収録し、メンバーが雑誌の「年間ベスト・アルバム」にARCH ENEMYのアルバムを選出するなど、この時期には様々なミュージシャンがHR/HM好きであることをオープンにできる空気が生まれていた。

さらに、ややHR/HMシーンから遠い所でいえば、GREEN DAYのようなシンプルを旨とするはずのパンク・バンドが「コンセプト・アルバム」などという大仰で作り込まれた作品(「AMERICAN IDIOT」)をリリースし、大ヒットさせたことも、メタル的な価値観が「ダサくない」ものになったことを示しているし、より直接的な所では、元NIRVANAのドラマーだった(そして当時FOO FIGHTERSのフロントマンとして人気を博していた)デイヴ・グロールが、レミーやキング・ダイアモンド、マックス・カヴァレラにリー・ドリアンといったHR/HM畑のミュージシャンをゲストに迎えてPROBOTというプロジェクトを行なったことは、この「メタルがダサくなくなった」ことを象徴する出来事と言えるだろう。

そして、90年代に上手く適応していた大御所METALLICAが、「ST.ANGER」という作品で再びアグレッションを取り戻すことを模索し始めたのも、こうした世の中の空気を感じ取ってのことだったのかもしれない。

2002年に始まってこの時期大人気を博していたMTVの「オズボーンズ」(オジー・オズボーンの家庭に密着したリアリティ番組)が大ヒットしたことも、特にアメリカにおいてHR/HMのイメージ改善、再注目に一役買った一面がある。

しかし何よりも、KILLSWITCH ENGAGEやSHADOWS FALLといった「メタルコア」バンドのアルバムが全米チャートのTOP40にランクインし、プレスから往年のLAメタルにひっかけて「MA(彼らが活動拠点としていたマサチューセッツ州の頭文字)メタル」などと呼ばれるムーヴメントめいた動きが見られ始めたことが、2000年代における「新世代の動き」としては最も重要である。


◆参考作品

THE DARKNESS / PERMISSION TO LAND

AC/DC、VAN HALEN、QUEEN、LED ZEPPELINなどからの影響をモロ出しにした70年代風のハード・ロック・サウンドにエキセントリックな歌唱を乗せて大ヒット。演奏やアレンジなどのミュージシャンシップを重視する姿勢を見せ、それらを軽視していた90年代のバンドを否定した。

EVANESCENCE / FALLEN

NU METAL的なサウンドをベースにしつつも、女性ヴォーカルによる叙情的な歌メロを乗せることでゴシック・メタルとしての人気を獲得。アメリカだけで700万枚、全世界で1500万枚以上を売り上げる大ヒット作となった。

GREEN DAY / AMERICAN IDIOT

イラク戦争に刺激され、「反戦」をテーマにした、組曲形式の楽曲を含むコンセプト・アルバム。組曲だのコンセプト・アルバムといった大仰なものはメタルの十八番で、パンクは音楽的にはシンプルであるべきはずだったが、結果的に全世界で1000万枚を超える大ヒットを記録し、グラミー賞に輝いた。

KILLSWITCH ENGAGE / THE END OF HEAETACHE

02年の前作は、ジャンルとしてのメタルコア・サウンドを定義する記念碑的名作だったが、まだその存在はアンダーグラウンドだった。しかし、本作では収録曲がハリウッド映画に使用され、アルバムとしても全米21位を記録。SHADOWS FALLの「WAR WITHIN」と共にメタルコアというジャンルがメジャー化したことを象徴するアルバム。

NIGHTWISH / ONCE

欧州での絶大な人気を受け、メジャー大手「UNIVERSAL」が彼らの所属レーベルごと買収する形で獲得。欧州メタルがメジャー資本によって売り出される動きに先鞭をつけた名盤。欧州だけで100万枚を超えるヒット作となった。

ORANGE RANGE / MUSIQ

世が世ならHR/HMファンになったかもしれない日本の若者が当時一番聴いていたバンド。DRAGON ASHによって日本のストリート・ミュージック・シーンに起こされた革命が大衆化したことを象徴するバンド・アルバムと言える。適度にヘヴィな要素を絡めつつ、非常にポップかつキャッチーにまとめた、優れた「J-POPアルバム」。




2005〜2006

YouTubeのような動画投稿サイトが誕生し、MySpaceをはじめとするSNSが発達したこの時期は、インターネットによって音楽の聴き方、音楽シーンの在り方そのものが大きく変動し始めたことを強く感じさせられる時期だった。

それ以前からファイル共有ソフトや、違法ダウンロードサイトは音楽産業に打撃を与えるものだったし、iPodをはじめとする携帯型デジタル音楽プレイヤーの登場は聴き手の音楽の聴き方を変えるものだったが、音楽の作り手にとって最も影響があったのは動画投稿サイトとSNSだった。これらの動きによって、これまで触れる機会のなかったサウンドに触れ、より多様な音楽からの影響を受けることになったし、それまでは世に出る機会のなかったアーティストが自らの音楽を発表し、話題となるきっかけを得た。

その結果として、聴き手側の選択肢が飛躍的に増え、嗜好の細分化が進んだ。そしてその流れは音楽シーンにおける「メインストリーム」や「トレンド」を不明確にし、そのことは「売れているものを買う」というタイプの「明確な嗜好のない音楽のライトユーザー(つまり大多数の人々)」にとっては「買うべきものがわからない」あるいは「音楽はネットで聴けばいい」という風潮を生み出し、レコード会社にとっては大量に売れる「売れ線の音楽」を作りづらくしてしまったが、一方コアなファンに支持されるマイナーなジャンルやバンドにとってはむしろ有利に働いた。

当時HR/HMは確実に復権しつつあった。実際、アメリカの調査会社によると、2006年に前年と比較して最も市場が成長したロック系音楽ジャンルはHR/HMであると報告されている。しかし、アルバムの実売枚数としてはかつての80年代のようなバブル的な勢いを取り戻したわけではない。しかし、それ以外の、それまで売れ線とされた音楽が売れにくくなったことで、相対的にポジションが浮上した。それはチャートという、その時期の音楽の人気が相対的に表現される場において顕著だった。前作が165位止まりだったJUDAS PRIESTの「ANGEL OF RETRIBUTION」が全米13位にランクインしたことは、ロブ・ハルフォード(Vo)の復帰によってオールド・ファンの「固定票」を呼び戻し、メタル復権の機運に乗ったことで達成された象徴的な「成果」といえよう。

この時期の嗜好の細分化が象徴するのは、英米以外のアーティストの台頭である。フィンランドの「ラブ・メタル」バンド、HIMが全米デビューとともに、ビルボードで18位まで上昇、ゴールド・ディスクを獲得したことはその代表的な例である。日本のDIR EN GREYが欧米で注目され始めたことも、この流れと無縁ではない。

サウンド面においても、新世代のヘヴィ・ロック・バンドがオールド・ファッションなHR/HMサウンドをミクスチャーし、人気を博す傾向が顕著になる。その代表的な作品をいくつか挙げるとしたら、AVENGED SEVENFOLDの「CITY OF EVIL」、MY CHEMICAL ROMANCEの「BLACK PARADE」であろう。

NU METALバンドの代表格と言えるほどの人気を確立していたDISTURBEDの「TEN THOUSAND FISTS」のアートワークが、極めてオールド・ファッションなヘヴィ・メタルのオーディエンスを表現していたことも、古典的なメタルのイメージが完全に復権したことを象徴している。

なお、2000年代に入ってから、世界各地でメタル・フェスティバルが盛んになっていたが、ここ日本でも2006年に初の大HR/HMフェスティバルとなるLOUD PARK 06が開催され、毎年の恒例イベントになった。


◆参考作品

AVENGED SEVENFOLD / CITY OF EVIL

メタルコアを出自としつつ、80年代のメインストリームHR/HMから欧州のメロディック・メタル・サウンドさえも取り入れたよりメロディックなサウンドによってブレイク。新世代メタルの旗手としてシーンに躍り出るきっかけとなった話題作。

MY CHEMICAL ROMANCE / BLACK PARADE

基本的にはエモであり、パンク寄りの出自を持つバンドだが、IRON MAIDENからの影響なども表明する一面があり、ドラマティックなコンセプト・アルバムとして大ヒットした本作は時にQUEENをさえ彷彿させる。

JUDAS PRIEST / ANGEL OF RETRIBUTION

ロブ・ハルフォードの復帰によってメタル・ゴッド復活を印象付け、また、ファンの期待に応える正統派メタルを打ち出して全米13位という成功を収めたことは、この後立て続く80年代メタル・バンドの「カムバック」の動きに先鞭をつけたという意味でも大きい。

DISTURBED / TEN THOUSAND FISTS

全米No.1アルバムを連発し(本作も)、2000年代を通してアメリカで最も成功したヘヴィ・ロック/メタル・バンドと言っても過言ではないだろう。基本はNU METALで、そういう意味での代表作は1stだろうが、自らに内在する「メタル」としての本質を表だってアピールし始めたのは本作から。


HIM / DARK LIGHT

フィンランドにおけるトレンドだった「ノリノリ系ゴシック・メタル」の代表であり、欧州では絶大な人気を誇っていた自称「ラブ・メタル」バンドの全米デビュー作。80年代のように非英語圏のトップ・バンドが鳴り物入りの全米デビュー、というご時世ではなかったが、見事アメリカでもゴールド・ディスクを獲得するヒット作となった。

LORDI / THE AROCKALYPSE

色物めいたモンスターのコスチュームとは裏腹の、ポップな80年代風メタル・サウンドで本国フィンランドでは大人気だった彼ら。本作収録「Hard Rock Hallelujah」がユーロビジョン・コンテストで優勝したことで国際的な認知を獲得。欧州におけるポップ・メタル・リバイバルのトレンドを作った。

DIR EN GREY / WUTHERING TO DEATH

彼らが海外のアンダーグラウンドで注目を集めるきっかけとなった作品。本作をきっかけに日本のヴィジュアル系バンドが海外で人気を集めるようになり、「日本のメタル=V系」というイメージを作り上げることになった。



2007〜2010

耳当たりの良い大衆的なポップ・サウンドの復権による保守回帰と音楽の嗜好の拡散が進んだことが2000年代を通しての傾向だったが、その傾向を受けてHR/HMシーンにおける新たな動きが明確化したのがこの時期である。

それは、メタルコアに代表される新世代の「メタル・サウンド」を支持する若いリスナーと、70年代〜80年代のクラシックなHR/HM(欧米ではHR/HMに限らず、もっと幅広い古いロック全般を括る「クラシック・ロック」という名前で総称されているが)を支持する年齢層の高いリスナーの二極化である。

前者の動きを象徴するのは、AS I LAY DYINGやAVENGED SEVENFOLD、BULLET FOR MY VALENTINEをはじめとする新世代バンドの成功であり、後者を代表するのはクラシックどころか、ロートルなHR/HMバンドを数多く集めて行われたロック・フェスティバル「ROCKLAHOMA」の成功である。

なお、少し横道にそれると、この「ROCKLAHOMA」の成功は、90年代末から始まった、C.C.デヴィル(G)が復帰したPOISONのツアーの成功が伏線となっている。ヘア・メタルの象徴というべきPOISONが、同じヘア・メタル系のバンドとカップリングで回るツアーの盛況ぶりは、「新作は買わないけど、ライブで昔のヒット曲は聴きたい」という年配のリスナーの需要を顕在化させる役割を果たした。

もちろん嗜好の多様化が進む時代だけに、その新旧2つのファン層はある程度交わっており、クラシックなHR/HMを好む若者、新しいサウンドに目覚める年配のリスナーなども珍しくなかったが、マーケット的には90年代のHR/HM人気凋落以降、ロックを聴くことから離れていた層が懐メロ的な感覚とはいえ、ライブを中心に再びHR/HM的なサウンドにコミットするようになったことが特に大きかった。

新世代と旧世代が両輪でHR/HMシーンを活性化したことにより、鳴りを潜めていたベテラン勢の復活が目立ったのもこの時期である。2008年にはMOTLEY CRUE、WHITESNAKEをはじめとするバンドが、全盛期の音楽性に回帰したカムバック・アルバムを発表し、METALLICAはスラッシュ・メタル色の強い新作を発表、そしてGUNS N' ROSESがニュー・アルバムの発表に踏み切った。

STEEL PANTHERのような80年代ヘア・メタルのパロディ・バンドが「セレブ」と呼ばれる人々の間で話題となり、人気を博すようになったのも、クラシックなHR/HMが一周回って「ノスタルジーの対象」もしくは「これはこれでアリ」になったことを象徴する現象といえるだろう。そしてその現象の余波というべきか、POISONのブレット・マイケルズ(Vo)がこの時期アメリカでTVのリアリティ番組出演によって「ロック・セレブ」として再ブレイクしていたりもする。

またこの時期、インターネットの発達によるグローバル化と共に、発展途上国の経済成長が重なり、中国、東南アジアやインド、中東、中南米、東欧など、それまではあまりビジネスとしてのロックが盛んではなかった地域でもHR/HM系のコンサートが行なわれるようになった。

サム・ダン監督による2007年の映画『グローバル・メタル』は、そういった世界的なメタルの盛り上がりを描いており(その存在の仕方や盛り上がり方は各地域多様だったが)、2010年に発表されたIRON MAIDENの「FINAL FRONTIER」が全世界38か国のチャートでTOP10にランクイン(うち28か国では1位)したという事実は、この動きを象徴する結果と言えるだろう。


◆参考作品

AS I LAY DYING / AN OCEAN BETWEEN US
メタルコアのアルバムとして初の全米TOP10入り(8位)を記録。メタルコアがこの時期最も勢いがあるメタル・サウンドであることを証明したアルバム。本人たちがこれを「メタルコアではなく、クラシックなメタル・レコード」という意識で制作したことは特筆されるべき。

BULLET FOR MY VALENTINE / SCREAM AIM FIRE
長らく「メタル不毛の地」となっていたイギリスから久々に出現したメタル・ヒーロー。スクリーモやメタルコアの色濃いデビュー・アルバムの成功を経て、あえてより正統的なヘヴィ・メタルに接近した。

METALLICA / DEATH MAGNETIC
既にもはや何をやっても売れるだろうポジションに上りつめていた彼らが、あえて初期のスラッシュ・メタル時代を彷彿させるサウンドのアルバムをリリースしてきた。この事実こそ「メタル回帰」の流れを決定づけたと言っても過言ではないだろう。

DRAGONFORCE / ULTRA BEATDOWN
人気ビデオゲーム「GUITAR HERO」で楽曲が使用されたことで、この手のメロディック・パワー・メタル・バンドがこれまでどうしても成功できなかった英米での成功を獲得。全米・全英ともに18位、日本ではオリコンTOP10入り。

DIMMU BORGIR / IN SOLTE DIABOLI
誕生当時には商業的成功とは未来永劫無縁であろうと思われたブラック・メタルが、本国ノルウェーでは1位に、アメリカでも43位にチャートイン。2000年代においてはもはやメジャーとアンダーグラウンドの間に何らの壁も存在しないことを証明した。

NICKELBACK / DARK HORSE
バンドの代表作としては、ブレイクのきっかけとなった大ヒット・シングル「How You Remind Me?」を収録した「SILVER SIDE UP」か、最も売れた「ALL THE RIGHT REASONS」を挙げるべきだが、本作においてDEF LEPPARDで知られるマット・ラングをプロデューサーに迎え、80年代風のサウンドを出していることに「時代がひと回りした」ことを感じさせられる。

マキシマム・ザ・ホルモン / ぶっ生き返す
ハードコア・パンクからメタルまで、さまざまなヘヴィ・サウンドをミクスチャーしつつ、独特のユーモア・センスによってキャッチーにまとめることで、「J-POPにならず、トレンドとも関係ないけど売れる」独自の和製ヘヴィ・ロック・サウンドが誕生した。

DRAGON GUARDIAN / DRAGONVARIUS

同人音楽シーンから登場したプロジェクトが、メジャー流通を獲得し、同人カルチャーとは無縁だった一般のメタル・ファンにも聴かれるように。従来の「ロック・バンド」の在り方やそのサクセス・ストーリー、そしてファン層すら、インターネットは変えてしまった。


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