映画を通じてANVILのファンになった人たちへ
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1.私とANVIL
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2009年10月に公開された映画『アンヴィル!〜夢を諦めきれない男たち』(欧米では前年08年に公開)によって再び注目を集めたANVIL。映画公開とほぼ同時にLOUD PARK 09で来日、2010年4月にはDVDが発売し、同じタイミングで再び来日公演を実現させるなど、ここに来て再びANVILに注目が集まっている。 私のような90年代にHR/HMを聴き始めたような人間にとっては、彼らはあまり知名度の高い存在とは言い難い。90年代にも一応日本盤はリリースされていたが、「BURRN!」誌での扱いは目立つものではなく、来日公演なども行なわれなかったからである。 しかし、私が勤めている会社には私より10歳くらい年長の先輩で、かつて80年代にはHR/HMファンだったという人が何名かいるのだが、そうした先輩たちは皆普通にANVILを知っていたし、ファースト・アルバムやセカンド・アルバムついては「当時LPを買った」という人もおり、リアルタイムの方々にとってはそれなりに知名度がある存在だということを知って驚いたものだ。 90年代当時、私が彼らについて知っていた知識は、当時シンコー・ミュージックから発行されていた「MUSIC LIFE」誌の「80年代HR/HM名盤特集」において、小さく「カナダから登場のパワー・メタル集団」「彼らを"早すぎたスラッシュ"と呼ぶ人もいる」と紹介されていたこと、そして「BURRN!」誌のインタビューでセバスチャン・バック(当時SKID ROW)が、「少年時代に観たバンド」としてANVILの名前を挙げており、その記事中で「バイブレーターでギターをプレイする」ということを知ったことにとどまる。 そんな私が彼らに初めて自主的に興味を持ったのは、大学の卒業旅行でヨーロッパ各国を回った際、ローマの本屋で購入した現地のHR/HM紹介本で彼らのディスコグラフィーを目にしたときだった(ちなみに本文はイタリア語なので今でも全く読めない)。 このコラムの後半にあるディスコグラフィーを参照していただければおわかりいただける通り、彼らのアルバムはタイトルが全て頭文字でシンメトリーになっており、それでいて極めてメタルらしいタイトルになっている。ここで私は先述の「大人のおもちゃでギター・プレイ」の件もあり、彼らのことを「ユーモアセンスのあるバンド」として記憶することになる。 とはいえ当時日本盤のリリースが途絶えていたこともあり、彼らの音楽を実際に耳にする機会はなく、私が彼らの音楽に触れるきっかけになったのは、やはり冒頭の映画によるものだった。 日本公開が決定する以前の08年中から、現在は閉鎖してしまった「ArcRyte Online」というサイトにおいてこの映画のことが紹介されていた。そのサイトの管理人は英語が堪能であったことで紹介が可能であったわけだが、その紹介文が、サイトが消滅してしまった今となっては保存しておかなかったことが悔やまれるほど素敵なものであったことで、ANVILに対する私の関心は一気に高まったのである。 そうして本気で中古盤屋を回ってみると結構見つかるもので、大した時間もかからずに大半の作品を入手することができた。一部どうしても入手できなかったアルバムはAmazonで購入、それすらも難しかったものはインターネット時代ならではの手法で音源ファイルのみ入手した。 ただ、結論から言うとANVILの音楽は私の趣味からは距離のあるものだった。基本的に当サイトのレビューは自分の好きなタイプのアーティストのみを取り上げることにしているので、ANVILをレビューすることは憚られる。趣味ではない音楽というのはつまり私には魅力の理解が困難なものということで、評価も高いものにはなりにくい。そんなレビューを私の好きなタイプのバンドのレビューと共存させることはバンドにとってフェアではないし、バンドのファンにとってもあまり愉快なものにはなりえないと思うからだ。 そして実際、映画を観た際にANVILの音楽についての個人的な感想をブログに書いた所、「2ちゃんねる」に晒され、非難のコメントをいくつか受けることになった。音楽の趣味などいかなるものであっても他人にとやかく言われる筋合いはないはずだが、やはり好きでもないものについて書くことは誰もハッピーにしないのでやめておこうと思った。 とはいえ映画はなかなか面白く、彼らに対して愛着も湧いたし、せっかく全てのアルバムを聴いたのだからどこかで紹介したい、という思いもあった。購入したアルバムのライナーノーツなどを通じてバンドについての知識もかなり増えていたし、それらは必ずしも映画を観れば知ることができるものではなく、映画を通じてANVILのファンになったような若い人にはそれなりに役に立つ情報かもしれない、という思いもあってこのコラムを執筆した次第。 |
2.ANVIL バイオグラフィー
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■結成〜80年代 上昇、そして失速 73年に高校の友人だったリップスことスティーヴ・クドロー(Vo, G)と、ロブ・ライナー(Dr)が始めたバンドを母体に、78年カナダのトロントで結成。当時はLIPSと名乗っていた。 当時のメンバーはリップス(Vo, G)、ロブ・ライナー(Dr)、イアン・ディクソン(B)、デイヴ・アリスン(G)の4人組。 LIPS名義で制作したデモテープをもとに、スプラッシュ・レコードから自費出版のアルバムを1000枚限定で発表。ほどなくカナダでは大手だったインディーズ・レーベル「Attic」との契約を獲得したが、既にLIPS&COMPANYというディスコ・バンドが存在していたため、バンド名の変更を余儀なくされ、30ほどの候補の中からANVILを選び出した。 LIPS名義の自主制作盤と同内容の81年のデビュー・アルバム「HARD N' HEAVY」はイギリスの「SOUNDS」紙で絶賛され、輸入盤チャートの上位に食い込んだという。 このイギリスでの高評価もあり、当時TYGERS OF PANG TANGを手掛け、気鋭のプロデューサーだったクリス・タンガリーディスのプロデュースによってセカンド・アルバム「METAL ON METAL」を制作。 爆走する「Mothra」「666」や、破壊力のある「Jackhammer」、そして様式的なエッセンスさえ感じさせるインストの「March Of The Crabs」など、名曲の揃った本作は代表作となり、イギリスでは名門クラブ「マーキー」2デイズがソールド・アウトになるなどの成功を収めた。 82年8月には第3回モンスターズ・オブ・ロック(ヘッドライナーはSTATUS QUO)に出演、HAWKWIND、SAXON、GILLAN、URIAH HEEPなどと共演を果たす。 そして、これまたクリス・タンガリーディスをプロデューサーに迎えて制作されたサード・アルバム「FORGED IN FIRE」発表後の83年の欧州ツアーはMOTORHEADと一緒に回り、9月に初来日公演を実現させた。 その初来日公演は中野サンプラザ2回に日本青年館、大阪厚生年金会館、名古屋市公会堂というかなりのスケールで行なわれた。前座は日本のEARTHSHAKERで、コアなANVILファンから「帰れ」コールを浴びていたという。 この頃、リップスは音楽的に通じるものを感じられたのか、MOTORHEADのレミーから"ファスト"エディ・クラークの後任としてMOTORHEADに加入することを打診されるが、これを断っている。一方、ロブ・ライナーもこの時期OZZY OSBOURNEのバンドからの誘いを受け、これを断っている。お互いの友情、そしてバンドの可能性を信じていたからだろう。 翌84年に再来日、日本初の野外HR/HRフェスティバル「SUPER ROCK '84」に出演し、MSG、WHITESNAKE、SCORPIONS、BON JOVIと共演。ANVILと当時まだ駆け出しだったBON JOVIの移動バスが一緒だったというエピソードがある。 まさにバンドは上り調子で、当時のHR/HMブームに乗ってさらなる飛躍が期待されていた彼らは、83年ごろから当時AEROSMITHのマネージャーであったデヴィッド・クリーブスと、そのアシスタントであったポール・オニール(後にSAVATAGEを成功に導いた人物である)から、メジャー契約を打診されていた。 しかし「ATTIC」との契約解除に時間を取られているうちに、デヴィッド・クリーブスはANVILに対する興味を失い、結局メジャー契約の話は流れてしまった。そして、彼らが契約に関する諸々のトラブルを解決し、新たなレコード契約を結ぶことができる状態になったのはようやく86年の半ばになってからだった。 ちなみにこの間85年に「ATTIC」が5曲の未発表曲(ヴァージョン)を含むベスト・アルバム「BACKWAXED」を発売している。 こうした不幸な経緯で、音楽的なことよりも法的なことに時間を取られてしまったことがバンドの勢いにブレーキをかけてしまうことになる。 サード・アルバムから約4年の空白を挟み、「METAL BLADE」に移籍して発表された「STRENGTH OF STEEL」はアメリカでこそ初のビルボード・チャートへのランクイン(191位)を果たしたものの、音楽的な内容はすっかり精彩を欠いていた。 88年に5作目「POUND FOR POUND」を発表し、89年にカリフォルニアのサン・ペドロのクラブで収録したライヴ・アルバム「PAST AND PRESENT」をリリースした後、メンバー・チェンジが勃発。ギタリストのデイヴ・アリスンが脱退し、後任としてセバスチャン・マリノが加入する。 ■90年代 低迷期 92年、ヨーロッパの「Mausoleum Records」から6枚目のアルバムとなる「WORTH THE WEIGHT」を発表。同作のクレジットやブックレットの写真にはイアン・ディクソンが写っているが、ソングライティングのクレジットにはイアン脱退後に加入するマイク・ダンカンの名前が既に入っているので、メンバー・チェンジはアルバム制作中に決定していたと思われる。 「WORTH THE WEIGHT」発表後、早くもセバスチャン・マリノが脱退(後にOVERKILLに加入する)。95年に後任として、かつてカリフォルニアのGITでポール・ギルバートのレッスンを受けていたという技巧派、アイヴァン・ハードが加入する。 さらに翌96年にドイツの「MASSACRE RECORDS」から発表される7作目「PLUGGED IN PERMANENT」制作中にマイク・ダンカンが脱退。後任にグレン・ジョアーフィーが加入する。 「PLUGGED IN PERMANENT」の発表までに前作「WORTH THE WEIGHT」から4年ものインターバルが空くことになったが、この間リップスは、度重なるメンバー・チェンジ以外にも、奥さんは寝取られ、ローディーには金を持ち逃げされ、飼い犬が誘拐され、新しい婚約者の自転車は盗まれと、大小さまざまなトラブルに苦しんでいた(このときの経験は「PLUGGED IN PERMANENT」の日本盤ボーナス・トラックとして収録され、後にベスト・アルバムにも収められた「Stolen」で告白されている)。 97年から7月から新作「ABSOLUTOLY NO ALTERNATIVE」のレコーディングが行なわれていたが、この年のカナダは異常な暑さだった。あまりの暑さに閉口した彼らは、レコーディング作業をしていた自分たちが所有するスタジオにエアコンを設置する工事を手作業で行なっていた所、レンガが運悪くアイヴァン・ハードの左手に落下し、中指を骨折してしまう。しかも、それはギター・ソロをレコーディングする2日前だったが、スケジュールの都合もあり、レコーディングはそのまま強行。その結果、ヴィヴラートやチョーキングのほとんどない速弾きばかりのギター・ソロになり、楽曲の爆走感が一層高まる結果になった、とリップスは語っている。 同作発表後97年11月からFLOTSAM AND JETSAM、EXCITERとヨーロッパ・ツアーを行なう。そのツアーの際、同作収録の「Show Me Your Tits」をプレイしていたときに、オランダやスイスでは実際に女の子がステージに上がっておっぱいを見せてくれたという素敵なエピソードがある。 しかし、当時HR/HMはジャンルとして非常に低調であり、時代遅れなものとみなされていたこともあって、「PLUGGED IN PERMANENT」、「ABSOLUTOLY NO ALTERNATIVE」というトレンドに対して真っ向から立ち向かうかのようなタイトルの、そして彼らの水準から言って決して悪くない作品をもってしても、彼らが注目され、商業的な成功を収めるには至らなかった。 1998年には後に世界最大級のメタル・フェスティバルとして知られるようになるドイツの「WACKEN OPEN AIR」への出演も果たし、翌99年に発表された「SPEED OF SOUND」も、タイトルに違わず前2作の流れを汲む勢いのあるメタル・アルバムの佳作だったが、残念ながら本作をもって日本盤のリリースは途絶えてしまうことになる。 ■2000年代 引き続き低迷、そして奇跡 そして時代は21世紀に突入、90年代のオルタナティヴ・ブームもすっかり過去のものとなり、この頃には欧州や南米を中心にメタル復権の気運が顕著に見られるようになっていた。しかし、彼らの境遇は好転することなく、2001年には「PLENTY OF POWER」を発表し、ツアーに出るも「一人も客がいないことも時々あった」(リップス談)。 それでも彼らはめげることなく、翌2002年には「まだまだやれるぜ」と言わんばかりのタイトルを持った「STILL GOING STRONG」を発表。タイトルに相応しい年齢を感じさせないパワフルな作品だったが、今回もまた商業的にはノー・リアクションに近かった。 一向に好転しない状況に思う所あったのか、2004年「BACK TO BASICS」などという原点回帰を思わせるタイトルのアルバムを発表。デビュー時にはそれなりに注目される存在だったことから、その頃に戻りたいという思いがあったのかもしれないが、音楽的には大して変化しているわけでもなく、今さら「基本に帰る」と言ったところで何の変化も起こらなかったことは言うまでもない。 しかし、ここで彼らの音楽とは一切関係のない所で奇跡が起こる。そう、かつて80年代に彼らのローディーを務め、現在はかのスピルバーグのもとで脚本家となり、『ターミナル』のヒットによって注目されていたサーシャ・ガバシが彼らのことをふとしたきっかけで「再発見」したのである。 1982年、サーシャがまだ15歳だったころにロンドンのクラブでANVILを観てファンになり、バックステージで会った彼らに誘われてローディーとして彼らのツアーに3回帯同したが、その後音楽の趣味の変化もあって彼らとは疎遠になっていた。そして勝手にANVILのこともとっくに解散したと思い込んでいたわけだが、彼らがまだ解散せず、音楽性さえ変えることなく頑張っていることを知り、Webサイトを通じて彼らにコンタクトをとったのだ。2005年6月のことである。 この後のことは映画『アンヴィル!〜夢を諦めきれない男たち』をご覧いただいた方であればわざわざ申し上げるまでもないだろう。同作は笑って泣けるドキュメンタリー映画の佳作として、様々な映画賞を受賞する話題作となり、HR/HMファン以外も巻き込んでかなりのヒットを記録した。 映画作品は彼らの13作目のアルバムであるその名も「THIS IS THIRTEEN」の制作ドキュメンタリーとしての側面もあったが、リップスが姉に200万ドルの借金をし、かつて彼らの黄金時代の作品を手掛けたクリス・タンガリーディスを再びプロデュースに迎えて制作した同アルバムは久々に(映画のサントラとしての扱いだが)日本盤リリースも実現、彼らは第二の黄金時代というべき時期を迎え、各国のイベントなどに引っ張りだこの存在になっている。 2006年のLOUD PARK 06への出演からこのドラマが始まっていたことを知っていれば、私もあのとき物販などに並ばず彼らのライヴを観たのに、という残念な思いでいっぱいです(笑)。 |
3.ANVIL ディスコグラフィー
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注1.タイトルの頭文字がシンメトリーになっていないものは、彼ら公認のリリースではないとみなし、紹介していません。 注2.星印はANVILのカタログ中における、私の個人的な相対評価です。★が1ポイント、☆が0.5ポイントとお考えください。ライヴ・アルバムおよびベスト・アルバムは評価の対象としていません。 |
ANVIL / HARD N' HEAVY (1981) ★★★★ |
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元々はLIPS名義で自主制作されたデビュー作。後の音楽性に比べるとキャッチーなR&R色が強く出ている。バイブレーターを使ってギターを弾くパフォーマンスによってライヴの定番曲となっている「School Love」収録。 |
ANVIL / METAL ON METAL (1982) ★★★★★ |
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メタル・アンセムというべきタイトル曲をはじめ、名曲・佳曲を数多く収めた名実ともに代表作。METALLICAやSLAYER、ANTHRAXなど後のスラッシュ・メタルの大御所たちもインスパイアした元祖スラッシュ的なアグレッションを備えた初期パワー・メタルの名盤。 |
ANVIL / FORGED IN FIRE (1983) ★★★★ |
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スロー・テンポで重厚に迫るオープニングのタイトル曲から、前作の成功を受けて風格めいたものも感じられる。メロディやドラマティックな要素の強化に、より正統的なHMに接近した印象が強まったような感もあるが、基本線は変わらず。#3「Free As A Wind」はバンド史上屈指の名曲。 |
ANVIL / STRENGTH OF STEEL (1987) ★★ |
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「METAL BLADE」に移籍して発表された4作目のアルバム。アメリカのチャートでは一番上昇(それでも191位…)した作品だが、正直内容的には前3作に比べてかなりパワーダウンした印象の残念な一枚。 |
ANVIL / POUND FOR POUND (1988) ★★★ |
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前作に比べればかなり「らしさ」を取り戻した作品。ANVIL節というべき不器用なパワー・メタルを基軸にしつつ、時代柄かかすかにLAメタル的な要素が感じられるのもフックとバリエーションに乏しい彼らの音楽に変化をつける良いスパイスになっている。 |
ANVIL / PAST AND PRESENT (1989) |
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サン・ペドロでのクラブにおけるショウを収めたライヴ・アルバム。当時の彼らのサウンドを公式に記録したアルバムはこれだけなので貴重。「過去の曲を現在のサウンドで聴かせる」というライヴのある種の一面を謳ったタイトルのセンスも相変わらず秀逸。 |
ANVIL / WORTH THE WEIGHT (1992) ★★☆ |
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ギタリストが変わった影響か、前作よりもアグレッションが増した印象の作品。ジャケットや楽曲タイトルも禍々しくなり、攻撃的な雰囲気を醸し出しているが、スラッシュ・メタルがありふれたものになり、既にデス・メタルやPANTERAも登場していたこの時期においては大してインパクトもなかったに違いない。 |
ANVIL / PLUGGED IN PERMANENT (1996) ★★★☆ |
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ヘヴィなDのキーにこだわったという作品。世の「アンプラグド」ブームに「ウンザリだ」という気持ちをぶつけるかのようなタイトル、ジャケットが秀逸。MOTORHEADを思わせる攻撃的な勢いを感じる爽快な作品。 |
ANVIL / ABSOLUTELY NO ALTERNATIVE (1997) ★★★☆ |
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当時トレンドだったオルタナティヴ・ロックに対して色気を見せるHR/HMバンドも多かった中、「俺たち全然オルタナティヴじゃないぜ」と堂々と宣言し、「Old School」(1曲目のタイトル)だとうそぶいてみせるのがまず痛快。内容も前作を引き継ぐ爆走路線でこれまた痛快。 |
ANVIL / SPEED OF SOUND (1999) ★★★ |
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前作、前々作に続く爆走路線の第3弾。今回も勢いがあっていいのだが、さすがに3作続くと飽きてくる。個々の楽曲のインパクトは決して強くないだけに、勢いだけで聴かせるのはさすがに芸がなさ過ぎるような気もする。本作から初めて聴く人にとっては決して悪い作品ではないが。 |
ANVIL / ANTHOLOGY OF ANVIL (1999) |
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なぜか古巣「METAL BLADE」からリリースされたベスト盤。「METAL BLADE」に所属していなかった時期を含む、キャリアを総括する内容になっていて、選曲も悪くないので初心者にも安心してオススメできる。ちゃんと頭文字のシンメトリーを意識したタイトルを含め、良心的なベスト・アルバムといえるだろう。 |
ANVIL / PLENTY OF POWER (2001) ★★☆ |
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時代は21世紀になっても彼らは変わらない。いつも通りのオールド・ファッションなANVIL流パワー・メタル作品。本作に「Pro Wrestling 」という曲が収められているが、日本だけではなく欧米(というかカナダ?)でもプロレス・ファンとHR/HMのファンは被っているのだろうか。 |
ANVIL / STILL GOING STRONG (2002) ★★★☆ |
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音作りが変わったのか、前作に比べて格段に力強さを感じさせるサウンドの11枚目のアルバム。いつもに比べれば比較的楽曲のメリハリもついていて、00年代における代表作と言っても過言ではないであろう好盤。 |
ANVIL / BACK TO BASICS (2004) ★★ |
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前作に感じた気合が嘘のようにイマイチな作品。海外盤にはボーナス・ディスクとして彼らが1998年に出演した「ヴァッケン・オープン・エア」におけるライヴ・アルバムが付いていて、こちらのほうがよほど楽しめた。 |
ANVIL / THIS IS THIRTEEN (2007) ★★☆ |
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映画をご覧になった方はご存知の通り、リップス(Vo, G)の実姉が制作費を出し、久々にクリス・タンガリーディスをプロデューサーに迎えて制作されたアルバム。が、内容的には特にキャリアの中で目立つような出来ではないのが微妙な所。 |
4.おまけ
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余談だが、カナダにはもうひとつ、ANVILと並んで初期スラッシュ・メタルに影響を与えた、元祖「スピード・メタル」と呼ばれる、パワー・メタルの先駆と言うべきバンドがある。 それがここで紹介するEXCITERで、このバンドも不器用で無愛想なスラッシュ/パワー・メタルによって、80年代初期にはマニアの間では評価されつつ、その後はうだつの上がらないままの存在である。 ANVILと違って途中解散もしているし、2度目の再結成後(現在)は中心人物だったダン・ビーラー(Vo, Dr)を欠いているので単純にANVILと同列に語るのもいささか憚られるのだが、特に初期のアルバムにおけるメタリックなタイトルのセンスといい、個人的にはかなり通じるものを感じている(彼らの方がよりB級だが)。 しかも、嘘かまことかドキュメンタリー映像を制作しているという噂があり、この2010年に公開されるとのことですが…やっぱり本人たちも「俺たちANVILに似てる」と意識していたということなのでしょうか? |
◆EXCITER ディスコグラフィー |
EXCITER / HEAVY METAL MANIAC (1983) ★★★★☆ | ||
マイク・ヴァーニーのレーベル「Shrapnel」からリリースされたデビュー・アルバム。ヤケクソ気味の勢いと、カミソリのようなヒリつくエッジを感じさせるサウンド、そしてヒステリックなシャウトを繰り返す下手クソなVoが、一般人が偏見としてイメージする「ヘビメタ」のイメージを見事に体現する、まさにフォー・メタル・メイニアックスな一枚。 |
EXCITER / VIOLENCE AND FORCE (1984) ★★★★ | ||
「Megaforece」に移籍して発表された2nd。ジャケットからしてそんな感じだが、まんま前作の延長線上にある音で、ひたすら前のめりに突進していくタイトル通り暴力的なパワー・メタル。前作ほどの八方破れなインパクトはないが、迫力はさらに増した。 |
EXCITER / LONG LIVE THE LOUD (1985) ★★★★☆ |
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大手「Music For Nations」からリリースされた3rd。「爆音万歳!」というイカしたタイトルといい、ジャケットのアートワークといい、あからさまな最高傑作感の漂うサード・アルバム。実際トータル的な完成度では一番かも。バンドの本質は1stにあるとも思うけど(笑)。 |
EXCITER / UNVEILLING THE WICKED (1986) ★★★ |
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タイトルもジャケットも、平凡なB級メタルになっちゃったね、という4thアルバム。前作までに比べるとVoが悪目立ちしなくなったし、楽曲に正統派メタル的なキャッチーさも出てきたが、このバンドにそんな要素が求められていたのかは微妙。曲自体は悪くない。 |
EXCITER / EXCITER (1988) ★☆ |
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世界的なHR/HMブームのこの時期、ロブ・マリネッティなる専任Voを入れ、彼らなりに「売れ線」を狙ったと思われるアルバム。不器用なメタル・バンドが中途半端なキャッチーさを取り入れた結果、持ち味が消えてつまらなくなってしまったという典型的な失敗作。クセのないジャケットや、セルフ・タイトルなど、成功への涙ぐましい意欲は感じるのですが。 |
EXCITER / KILL AFTER KILL (1992) ★★☆ |
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前作発表後、実質解散状態にあった彼らの「Noise」からの復活作(ベースが交替している)。中ジャケの「THE MANIAC IS BACK」のフレーズ通り、初期を思わせるサウンドに回帰している。ただ、以前ほどの狂暴な迫力を欠き、デス・メタルやPANTERAのようなバンドが幅を利かせていたこの時期においては刺激的な音とは言い難い。 |
EXCITER / BETTER LIVE THAN DEAD (1993) |
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ライヴ・アルバム。選曲が初期3作に偏っているのは、やはりその時期が黄金期だったと自覚しているということか。もともとライヴみたいな荒っぽい音だっただけに、良くも悪しくもスタジオ盤と印象は変わらない。しかしこのカロリー消費の大きそうなドラムを叩きながら歌うダン・ビーラーは凄いな。 |
EXCITER / THE DARK COMMAND (1997) ★★☆ |
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前作発表後、メタル不況の煽りを受けてか再度解散していたが、再び復活。ただ、看板メンバーだったダン・ビーラーは不参加で、オリジナル・メンバーはGのジョン・リッチのみ。新Voは良くも悪しくも「マトモ」で、単なるB級パワー・メタルになってしまった感が否めない。 |
EXCITER / BLOOD OF THE TYRANTS (2000) ★★★ |
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前作と同メンバーで制作。基本的な印象は前作と変わらないが、Voがよりアグレッシヴな金切り声を聞かせるようになり、よりノイジーになったギター・リフ、割れ気味のDrサウンドなどが渾然一体となって初期に通じるブチキレ感が出てきた。 |
EXCITER / NEW TESTAMENT (2004) |
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現メンバーによる、黄金時代とされる初期のナンバーのリ・レコーディング・ベスト・アルバム。初期音源にある若さに任せた危険な勢いは希薄だが、ちゃんと歌えるVoと、向上した演奏力、そして良好なサウンド・プロダクションによる名曲の数々はオールド・ファンの感涙を誘うだろう。初心者が聴いてみるならまずはコレ。 |
EXCITER / THRASH SPEED BURN (2008) ★★☆ |
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以前にも脱退騒ぎのあったVoと、Bが交代。近年スラッシュ・メタルが復興してきていることを意識したかのようなタイトルがクール。基本線はもはや変わりようのないバンドだが、新Voの資質のためか、よりシリアスなムードを醸し出している印象も。 |
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